NPO法人TEDIC/代表理事 門馬優

不登校の子どもたちが通う民間教育施設(いわゆるフリースクール)における出席扱いについて (火, 02 7月 2019)
最近、子ども・若者総合相談センターでの相談や、法人のほっとスペース石巻等の場面において、学校や教育委員会自治体、保護者から問合せが多いので、まとめてみました。   ※そもそもの不登校の定義はこちらからどうぞ。   http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/futoukou/03070701/002.pdf   ①民間教育施設(いわゆるフリースクール)でも、出席になるの?   ・平成15年5月16日 15文科初第255号「不登校への対応の在り方について」という通知によって、学校長が一定の条件(=保護者と学校との間に十分な連携・協力関係が保たれていること等)とともに学校への復帰を前提とし,かつ,不登校児童生徒の自立を助けるうえで有効・適切であると判断した場合に指導要録上の出席扱いとすることが出来ます。   http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/04121502/021.htm   ・つまり学校長に、学校外教育施設(公的機関、民間教育施設)に通所、入所した場合の「指導要録上の出席扱い」の判断が、委ねられているということです。民間教育施設の場合は、設置者である教育委員会と密に連携をとり、判断することとされています。   ・ちなみにフリースクールはあくまで「通称」であって、学校や保育所等のように認可基準があるものではありません。したがって、ここでは「民間教育施設」としたいと思います。   ・不登校はあくまで定義上の状態であり、実際は子どもの数だけ多様です。したがって、本人にとっての「不登校児童生徒の自立を助けるうえで有効・適切とされること」も多様であるため、一律に国や自治体が学校外教育施設を認可する形ではなく、一番子どもたちに近い現場である学校が、個別の状況に応じて、弾力的に判断できるようになっています。   ・しかし、現実には「個別の状況に応じて、弾力的に判断」することが、現場レベルでは難しかったり、児童・生徒ごとに「認める」「認めない」をしたりすることが、他の児童・生徒への配慮等から難しいという声を、よく耳にしていました。結果として、学校長ごとに「この施設は指導要録上の出席扱いとする」「この施設はしない」といった運用が多くされている印象です。   ・自治体独自の取り組みとしては、兵庫県尼崎市教育委員会が「民間通所施設を認定」し、認定を受けた施設に通所すると「指導要録上の出席扱い」とするという動きがあります。あくまで、尼崎市がこの制度を始めたことで「民間教育施設が出席扱いになった!」わけではなく、「学校長が可否を判断していた」ものから、「教育委員会フリースクールを認可する」ものに変わったということです。   http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/school/consult/1016209.html   ・まとめますと、現行の制度上でも、民間教育施設への通所・入所によって、「指導要録上の出席扱い」とする・されることは、可能です。また、理屈上は、フリースクールと名乗っていない民間教育施設でも、指導要録上の出席扱いは可能ですし、農業や漁業など体験に重きを置くような教育施設でも、NPO法人でも、社会福祉法人でも、法人格などに関わらず、学校長が判断すれば「指導要録上の出席扱い」となることがあります。   ※ちなみに民間教育施設のほか、適応指導教室石巻では「けやき教室」という通称)が公的機関として設置されており、地域によって(大阪府池田市など)は公設民営での運営がなされている場所もあります。   ※宮城県では、県教育委が沿岸部を中心に「心のケアハウス」を設置しています。適応指導教室と棲み分けしている自治体もあれば、適応指導教室の強化として活用している自治体もあります。   ※不登校児童生徒の出席扱いに関する通知は、上記の通知を別添する形で平成28年9月14日に出され、その後も多様な教育機会確保法成立を受けて平成29年3月28日に通知が出されるなど、その後も文科省より出されています。高等学校における扱いは「不登校に関する調査研究協力者会議の最終報告書」でも言及されましたが、今回は割愛します。   ②「指導要録上の」出席扱いってどういうこと?   http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/faq/001.htm   ・学校が作成する書類に「指導要録」「通信簿(通知表)」「調査書(内申書)」と呼ばれるものがあります。   ・「指導要録」は、「児童生徒の学籍並びに指導の過程及び結果の要約を記録し、その後の指導に役立たせるとともに、外部に対する証明(「通信簿」や「調査書」など)等の際の原簿となるもの」とされていて、いわばマスタデータのようなものになります。   ・「通信簿(通知表)」は、「各学校において、子ども自身や保護者に学習状況を伝え、その後の学習を支援することに役立たせるために作成されているもの」で、その扱い、記載内容や方法、様式などは各学校の判断で工夫できるものになります。   ・「調査書(内申書)」は、「高等学校等の入学者選抜のための資料として作成されるもの」で、各都道府県教育委員会等で、様式や記載事項が決められるものになります。   ・通知ではあくまで、「指導要録上の出席扱い」としているのみなので、理論上は「通信簿(通知表)」や「調査書(内申書)」上での出席扱いとしているわけではありません。   ・逆に言えば、「指導要録上では出席扱いだが、内申書上では「フリースクール出席○日」と記載する」といったことが起きる可能性は0ではないということです。(現にそういった運用をしている学校とも、出会うことがありました。)   ・砕けた言い方をすれば、学校長が「指導要録上での出席扱い」とした場合でも、それがすなわち「(他の登校している生徒と同様に)受験のための出席日数としてカウントされる」というわけでは、必ずしもないということです。   平成28年12月に義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(通称:多様な教育機会確保法)が成立しましたが、法文上では具体的な措置(例えばフリースクールに認可制度を用い、経済的拠出をするなど)までは明文化されていないため、現行では冒頭の通知による運用が続いているものと理解しています。   このあたりは、現在も文科省で継続的に(いわゆる夜間中学も含めて)議論がなされているので、気になる方はこちらから議事録や資料を読んで頂くとよいかもしれません。   http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1412035.htm   ※この投稿の目的は、特定の思想や教育観を表明することではなく、現行の制度理解を広めることです。   ※ちなみに法人では、本人やご家族、学校等とも相談しながら、双方の希望があれば、適応指導教室等に準ずる様式で、出席状況や活動の様子を学校にお送りし、現在在籍している児童・生徒については、すべて「指導要録上の出席扱い」として頂いています。
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川崎殺傷事件について (Sat, 01 Jun 2019)
容疑者が「ひきこもり」傾向であった(と推測される)ことと殺傷事件を起こしたことを、先入観や一般論的に紐づける論調や、報道姿勢に危機感を感じてる。   「ひきこもりだから、事件を起こした」 「ひきこもりは、犯罪予備軍だ」   そのように受け取れるような、誤解を招くような報道は、現に今なお、「どうしたら」と悩みながら、この瞬間も生き続けている「彼ら」に、グサりとナイフを刺していることに、気づいたほうがいい。   「うちの子が、このまま不登校が続いて、あの人みたいに事件が起こしたら、どうしよう。」そんな不安が、現に相談ケースでも保護者から寄せられ、相談員が対応している。「早期のアウトリーチを求める」声もあがっている。   千葉県野田市での虐待事件後に、文科省通知によって「『2月1日以降、一度も登校していないすべての児童生徒』に対して面会などを通して緊急点検をするよう全国の学校などに要請した」ということがあった。現場の運用レベルでは、「とにかく、会いに行かなきゃ」と焦って訪問に乗り出す支援機関もあった。今回も、同じような流れになるのかどうか。   安易なアウトリーチほど、傷つけることはない。色んな思いが錯綜して、どうしようも出来なくて、自分自身を守るために、最後の砦に「ひきこもった」にもかかわらず、その砦を「本人の思いを無視して」突破しようとするようなアウトリーチは、もはや誰のためのアウトリーチなのか。   いま現にひきこもっている人も、そうでない人も、不登校の人も、そうでない人も・・というか、そんなラベル関係なく、この社会に生きるひとり一人が、「(一般論的な)社会」の名のもとに追い詰められたりすることなく、生きていくためには、何が出来るのか。   私たちの日常と、この事件は地続きでつながっている。むしろ、見るべきは、向けるべき矛先は自分たちの足元なんじゃないかと思う。
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卒業式。 (Mon, 18 Mar 2019)
f:id:you0301stedic:20190317233409j:plain 平成30年度チューター卒業式、終了しました。   参加できなかった卒業生も大勢いますが、5名の卒業生の門出を在校生、役職員でお祝いすることができました。   1. 開式の言葉 2. 卒業証書・記念品授与 3. 代表の挨拶 4. 在校生の言葉 5. 卒業生の言葉 6. 閉式の言葉   毎年、在校生と職員で準備をし、開催している卒業式。   在校生にとっては、これからの活動を担っていく覚悟を卒業生に伝える日。 卒業生にとっては、活動の価値を、姿勢を、在校生に伝え、残していく日。 職員にとっては、この1年間、社会に担い手である学生に、法人がどんな価値をもって寄与できたのかを確認する日。   現場の最前線に立ち続けるチューターのみんなは本当に尊い。   子どもたちを一方的に支えるでもなく、その逆でもなく、一緒に支え・支えられながら、成長できたことが、誇らしいと話してくれた卒業生。   子どもと向き合うこと、チューターや職員と向き合うこと、何より自分と向き合うことが大切だと伝えてくれた卒業生。   「卒業証書  右の者は当法人での活動を終え、社会人として新たな一歩を踏み出すことをここに証します。 しかし、TEDICに卒業はありません。活動を離れても、皆さんがこれから出会うすべての人たちと向き合い、そして自分と向き合い続ける限り、現場は続きます。 新たな場所で、TEDICの体現者として、あなたの周りにいる人たちと、嬉しさも、しんどさも、喜びも、悲しみも、一緒に分かち合い、生きていってください。  卒業おめでとう。これからもよろしく。 」   f:id:you0301stedic:20190317233417j:plain 終了後は会場を事務所に移して、卒業パーティーを開催。OBOGも合流。   毎年、パーティー内で年間表彰式を実施しています。新人王、Mr.TEDIC、Ms.TEDICというネーミングセンスが感じられない3つの賞を表彰しています。投票はその1年間に活動に参加した全てのチューター。   チューターに優劣をつけるために表彰をしているわけではなくて、投票行為を通じて、「TEDICが大切にしている価値を体現してきた(と思う)人が誰なのか?」を考えたり、言語化しづらい法人の文化や価値、思いに立ち返ることが目的。   そんな投票の結果、第6回年間表彰式では、新しい新人王、Mr.&Ms.TEDICが誕生。   新人王:澤山 萌子(もっしー) Ms.TEDIC:佐々木 優来(ゆう) Mr.TEDIC:杉本 稜弥(すぎもっちゃん)     「平成30年度の「Mr.TEDIC」であることをここに証します。あなたの背中に憧れ、あなたの歩む一歩一歩を追いかける、そんな仲間たちがたくさんいます。これからもTEDICの体現者として、歩み続けて下さい。」   現場に終わりはありません。これからも一緒に、社会で活動していきましょう。 卒業生のみんな、本当におめでとう。在校生のみんな、おつかれさま。   f:id:you0301stedic:20190317235800j:plain そして、業務の傍ら準備に走り回ったおつけん、ちば、本当にお疲れさまでした。
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まっさん。 (Tue, 12 Mar 2019)
完全に、岡山からの早朝移動のダメージを引きずっていた1日。   「あぁーもう眠いわ、もうあがって、早よ帰って寝よ・・。」と思っていたら・・・。   元職員のまっさんこと、小川さんが事務所に顔出してくれました。   2015年にETIC.の右腕プログラムを利用して、約1年間、うちの団体で活動してくれたまっさん。   f:id:you0301stedic:20190312220843j:plain   NPO法人になって1年目、当然(?)事務がズタズタだったうちの法人で、せっせせっせと、基盤を整えてくださったのがまっさんでした。(その後、さらに活動が大きくなり、去年は基盤強化のピークでした・・・。)   当時、まっさんとは本当によく喧嘩をして、特に終盤戦はヒートアップして、クールダウンに事務所飛び出すようなこともありました。笑   20代そこそこの若造があぁだこぅだ言うのに耳を傾けてくれて、「違うものは違う」とはっきり言ってもらえたのは、すごく有り難かったことなんだなぁと。ちょっとずつ思うように。(あのときは、「なんで、わかんねぇんだよ!」って拗ねてましたが。笑)   特にあの頃は、駆け出しで5年くらい突っ走って、「石巻出身の若者」っていうことで、色んな期待も、追い風も沢山吹いていて、それに乗っかっていたのに、ちょっと調子にのっていたというか、天狗になっていたというか。そんな頃でした。 (「いまもじゃん」というツッコミは、こそっと直接お伝えください・・。)   右腕期間満了後も、なんども足を運んでくださり、今回は「ご寄付」も一緒に届けてくれました。この2月からは新たなフィールドでもご活躍されるそうで、これからもお元気に、末長くがんばってほしいです。
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早く、3月11日が過ぎればいいのに。 (Mon, 11 Mar 2019)
「早く、3月11日が過ぎればいいのに。」   いつからか、明確にこんな気持ちを覚えるようになり、今年も気持ち的に「石巻にいるのは無理だ。」と思い、職員のみんなとも話し、1週間の出張に出してもらいました。     僕の大切な友人にも、この日が誕生日の人もいる。誕生日じゃなくても、かけがえのない、大切な誰かと、幸せを噛み締めたい人もきっと、いる。3月11日という日付に罪はないし、こんなことを考えてしまうことに、罪悪感すら感じてしまうけど、でもやっぱり、「早く、3月11日が過ぎればいいのに。」と思うのが、いまの正直な気持ちです。   「3月11日。あの日に関われなかったことが、何かずっと引っかかっている。」と、話してくれた職員がいました。「1月17日、あの日から「当事者」とは何か?ということを、ずっと考えている。」と話してくれた職員がいました。今は離れてしまったけど、「あの日、荒浜で怖すぎて、ずっと泣いていた。」と話してくれた職員がいました。   Facebookの投稿にも書いたように、「3.11が近づいてきて、すごく気持ちが重くなってきて。だから、相談くるの、あの日が過ぎてからでもいいですか?」や「もし、震災がなかったら。震災で、家も、職場も流されてなかったら。いまも、昔みたいなお母さんだったかもしれないのに。」と呟いた子どももいました。   あの日、「どうして、手を離しちゃったんだろう。」と避難所で話してくれた中学生がいました。「わたしは家族が見つかってないから、あの子たちの辛さがちょっとだけわかるんだ。」と話してくれた高校生がいました。   東北の地で、「あの日があったから、いまがあると言えるような、そんな東北を作りたい!」と熱く語ってくれたNPO仲間がいました。「しんどくて、辛くて、悲しいまちじゃなくて、これからまた町が立ち上がっていく、そんな熱と思いに満ちた町にしたい」と、熱く語ってくれた社協職員がいました。「夏の真備町の水害で、フラッシュバックしちゃって。いまも、まだリハビリ中」と話してくれた、避難所の頃からの大切な先輩もいました。   この日を、どんな思いで、どう過ごすのか。そこにあるべき論はきっとない。   忘れられることをしんどいと思う人が(ときも)いれば、忘れられないことをしんどいと思う人(とき)もある。町が生まれ変わり、人が増え、活気に満ちて、面白いこともたくさんできる機会に恵まれて、そんな変化を「めっちゃ楽しいです!」と受け止める人もいれば、「なんか、寂しい・・・」と思う人もいる。   8年前は湊のあの場所に「ガレキ」があるだけで、辛くて胸が張り裂けそうだった。3年前は「ガレキ」すらなくなってしまったことに、辛くて胸が張り裂けそうだった。1年前からは、石巻という、じいちゃんばあちゃんとの思い出が詰まった場所が、震災の前と後で分けられて語られて(語っていて)、本当は地続きなのに、どこか「繋がっていない」感覚に襲われたりもした。   「震災がきて、救われた」あの話をすることが、自分の中でのある種の「正しさ」として真ん中にあったのに、いつの間にか「震災がきて、救われた」という言葉自体が、誰かをグサッと突き刺すナイフにもなっているかもしれないと、思うようにもなった。   この日、をどう過ごすのか。「早く、3月11日が過ぎればいいのに。」と思う僕みたいな人も、「3月11日に、"当たり前"に感謝する」と決めている人も、「3月11日に、気持ち新たにまた頑張ろう」と思う人も、「3月11日に、風化しないでいてほしい」と願う人も、「3月11日という言葉を聞くだけで辛くなる」と思う人も、「3月11日に、新たな命を授かった」人も。   どんな人も、どんなときも、その気持ちを、湧き上がってくる感情を、「ありのまま」そのままにぎゅっと抱きしめる。そんな1日になりますように。   そして、来年も、再来年も、これからもずっと、なにかを考えずにはいられないこの日に、たくさんの子どもたち、若者たち、うちの職員、チューター、支援者のみなさんの顔が、たくさん浮かびますように。
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30歳。いま、伝えたいこと。 (Fri, 01 Mar 2019)
「30歳。いま、伝えたいこと。」    前回のブログから、早4ヶ月。気づいたら、2018年から、2019年に変わってしまいました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。    1月末、2週間ほどお仕事をお休みしていました。あまりブログで公表することでもないかと思いながら、今後の自分のためにも記録しておくことにします。     *****  1月16日の夜、PCに向かって業務をしているときに、何かが「切れる」感覚があり(血管などではなく、気持ち的な話)、「明日、勤務できないかもしれない」と職員に伝えて、帰宅。その後、気づいたら朝を迎え、そのまま出勤ができない状態になってしまいました。   (この間、様々な形でご迷惑をおかけした皆さん、申し訳ありませんでした。そして、何より業務を支えてくれた職員・チューター・スタッフのみんな、本当にありがとうございました。)    「苦しい」「つらい」「消えたい」という言葉が頭に浮かび続けた後、ふと「何がこんなにしんどいのか」がわからないことがしんどいと思い、同時にこのまま「ずっとひきこもって出られなくなってしまうんじゃないか」と焦り、慌ててある友人に連絡をとりました。    「とことん、落ちるところまで落ちていいんじゃない?」「何がしんどいのかわからないというしんどさも含めて、受け止めて。その上で、湧き上がってくる感情を、1つ1つ掴んで行ったらいいんじゃない?」「人に会わない方がいいと思う。人にアドバイスされるとわかった気になっちゃうから。」と、その友人は伝えてくれました。    それから1週間近く、自宅にひきこもりながら、「フツウ」の生活をおくりました。朝起きて、ご飯をつくって、食べて、部屋の掃除をして、映画やドラマ、漫画を読んで、お風呂に浸かって、寝る。ただそれだけの暮らしをしてみました。    「あぁ、疲れてたんだな」と、ふと気持ちを表す言葉を見つけました。「フツウ」の暮らしを送るだけで、体も軽くなって、頭も軽くなって、ずっと当たり前になっていた頭皮の痛みもとれて、どこかすっきりとするのを感じました。と同時に、「あぁ、こういう幸せもあるんだなぁ」と思いました。    今まで色んな方々に「もっと、自分を大切にした方がいい。」「休んだ方がいいよ、休めてる?」と心配される度に、「大丈夫ですよ!」と答えていた(そのときは、本当にそう思っていた)、でもその本当の意味がわかった気がしました。    「何に疲れていたのか」 8年間、子どもたちと出会えば出会うほど、「なんで、この子がこんな目にあわないといけないのか」と憤り、「いま、この瞬間、この子」を「なんとかしなきゃ」と思ってきました。    「やりたいことだから、大丈夫(と本当に思っていた)」と全力疾走し続け、最短で、最速で、走り抜けることが、使命・プライドのように感じていました。    そんな自分に期待してくださる方々に「応えなきゃ」という気持ちが強くなっていき、目の前で出会い続ける子どもたちに「応えなきゃ」「足を止めちゃいけない」という気持ちが強くなっていきました。    「やりたいから」という気持ちに、「あるべきだから」という気持ちが混在する中で、気づけば「そんな」と「本当のジブン」のギャップが大きくなっていました。    42.195kmのマラソンだとしたら、ただペースを守って走るだけでも大変なのに、背伸びをしながら全力疾走で完走しようとして、痙攣を起こした。    文字にすると、「そりゃそうだろ」と思うことも、今回「足を止めて」初めて、「あぁ、そういうことだったんだ」と気づきました。    いまの活動、仕事は本当にやりたいこと。でも、「やりたいこと」「あるべきこと」が目指す形だとしたとして、そこに向き合う「ジブン」のことを、全然考えていませんでした。    いまどんな「ジブン」で、どこにいて…に目を向けず、さらに「ジブン」だけじゃなくて、そばにいてくれる仲間のことも、考えていませんでした。(結果、離れていった仲間たちもいました。)    そんな「目指す形」を仲間に押し付け、背伸びした状態で、勝手に「独り」だと孤独を感じ、壁をつくり、「どうしてわかってくれないの?」と憤っていたことが、みんなに対する試し行動だったと気づきました。    最終日、常務理事が何十回もインターホンを押してくれて、声をかけ続けてくれて、ようやく世界に戻ることが出来ました。    「1年くらい帰ってこないとしたら、俺が代表理事をやるしかないと思った。」   「無理をしないといけないときはある。でも、みんなで後ろをもって支えている、そんな風になろう」と伝えてくれました。    それまでの2週間近く、うちの最古参の職員は、毎日ドアノブにサラダチキンとウイダーインゼリーを届けてくれました。    副代表理事は、遠方に住んでいるにも関わらず、仕事を調整して、宮城まで駆けつけてくれました。    職員・チューター・スタッフ、みんなが、ただただ、待ってくれていました。    ひとりじゃないってことに、やっと気づくことが出来ました。   *****  1月29日から、通常通り活動に復帰しています。    色んなもの、全部、背負ったものを脱ぎ捨てて、等身大の「ジブン」に戻り、生まれて初めて、「幸せになりたい」と心の底から思ったスタートラインから、もう一度、一歩ずつ、一歩ずつ、積み上げていきたいと、今は思っています。    一番近くにいてくれる人たちが、「幸せ」でいること、「幸せ」に活動し続けるために、「しんどさ」の押し付け合いをせず、みんなで「しんどさ」をもちあう(分かち合う)こと。    これはいま、僕が大切にしたいと思う、うちの活動のあり方であり、目指す社会の形です。誰かの犠牲のもとに成り立つ活動や、社会ではなくて、子どもたちも、若者たちも、その家族も、支援者も、地域の人たちも、この社会に生きる、みんなが幸せになることです。    この2週間、ご迷惑をおかけした関係者の皆さん、本当に申し訳ありませんでした。そして、待ち続けてくれた職員・チューター・スタッフのみんな、ありがとう。    これまでなかなか手触り感のなかった、「みんなでやる」ってことが、やっと掴み始められた気がしています。みんなと一緒に、活動していきたいです。    このブログを、30歳の新しいスタートとして、記録として、残します。 (いま流行りの「エモい」文章でしたが、お付き合いありがとうございました。)    門馬 優    ※この件については、ぜひ出会った時に「こそっと」聞いてください。笑)。                       追伸:    父へ    幼少期にがぶ飲みしていたポカリスウェットと、病院で食べていたアーモンドチョコレートを買い込んで、自宅にきてくれて、ありがとう。    30年生きてきて、実は一度も親に反抗をした記憶がなく(反抗期がなかった)、ずっと「期待に応えなきゃ」と思ってきました。「もう、期待には応えられない」と人生で初めて反抗した自分に、「アルバイトでもなんでも、生きていたら、幸せだと思っていたら、それで十分だよ。どこに出しても、恥ずかしくない息子だよ。」と声をかけてくれて、ありがとう。  
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改・生困法。 (Fri, 16 Nov 2018)
朝から職員の発熱連絡(!)が事務局を駆け巡り、ほっとスペース運営と学校ヒアリング、トワイライトスペース、アウトリーチ、出張相談会、来所面談、電話相談・・・のシフト調整に悪戦苦闘。なんとか、職員の皆さん&チューターの大学生の力で乗り切りました。風邪流行ってるので、みなさんもご注意あれ。   そんな今日は、午後から学校ヒアリングに2校。アウトリーチでの家庭支援の必要性をたまたまどちらの学校でも強調されておられ、「子どもへの指導じゃもう無理で、家庭に関わってくれる支援が必要なんですよね」と。支援や制度、設置された会議が「ある」ということと、運用が「ある」ことは別で考えないといけないですねと議論。校納金の滞納問題や、学区外通学の問題など、たくさんの貴重なご意見を頂戴しました。あとは、民間団体を信頼して良いかどうか(学校の場合、教育委員会との協働実績があるかが大きそう?)という話もでましたね・・。この辺りは、地域でも取り組まなきゃ。   夕方戻ってからは、チューターのみんなと一緒にトワイライトへ。久々に小学生と一緒に人生ゲーム。2回やって、1回目はスケート選手、2回目はサッカー選手。サッカー選手の給料はルーレットの目×5,000$。高額給料の職業を一目散に選ぶ大人と、「この仕事がいい!」と選ぶ子どもと、このギャップが何とも・・ですね。   f:id:you0301stedic:20181115235922j:plain   この週末は熊本県で開催された「第5回生活困窮者自立支援全国研究交流大会」に参加。「子どもの学習・生活支援」分科会でパネラーの1人として、「総合相談センター」「生活困窮世帯の子どもの学習支援業務」と、複数の制度や事業を横断的に現場で繋げて、他機関協働で実践する仕組みについてお話してきました。   ・学習・生活支援事業は、単なる学力向上の取り組みではなく、子どもが抱える困難に伴走し、共に解決を目指す「子ども版自立相談支援」と位置付け、多機関・多職種連携の上、体制をつくっていきたい。 ・生活困窮者の実態は多様であり、単純に要保護・準要保護・児童扶養手当受給といった、経済的要件(収入要件)で切り取れるものではない。”生活困窮”を社会的孤立の視点からも捉え、弾力的に「現に生活に困窮する”子ども”」を支える運用を考えていきたい。 ・「利用申込」があってから事業開始ではなく、「利用申込」をどのように届けるのかを考えるところから。子どもの権利の視点から、契約行為(事業利用申請)を自らすることが出来ない子どもの立場に寄り添う、繋がり方のデザインにこだわっていきたい。 ・地域包括ケアシステムと生活困窮者自立支援法は、切り離されて議論されるものではなく、より一体のものとして、自治体でのあるべき形を考えたい。既存の多職種の支援者が縦割りではなく、分野横断的にチームを組めないか。あるいは個人が役割を負う支援者のあり方から、組織が役割を負う形に転換出来ないか。 ・「消火」と「防火」の視点から、生活困窮者自立支援法を用いることで、地域に暮らす一人一人が、地域の中の困りごとに目を向け、相互扶助を営むことができる、地域づくりを推進していきたい。   この大会には第1回の兵庫県開催のときにも、同じ分科会でパネラーをさせてもらっていて、それ以来4年ぶりの登壇。登壇後に、「実は4年前の第1回大会でお話聞いていて、それから4年経って頑張ってらっしゃって、母親のような気持ちで聞いていました」と、ある自治体職員の方からお声がけ頂きました。ありがたし。   f:id:you0301stedic:20181116000013j:plain   全国から各フィールド(自治体、NPO社協、議員、企業・・)のスペシャリストが集結する中で「プロフェッショナル」なみなさんとの懇親会にもお邪魔させていただき、本当に恐縮でした。   今回の改正・生活困窮者支援自立支援法、学習支援事業では「子どもの学習支援」が「子どもの学習・生活支援」となったことによって、各論的に「食事提供が出来るようになる!」や「子ども食堂的な取り組みも対象になるのでは?」といった議論もあるかと思います。小学生以下の子どもへの支援への加算も見ながら「アウトリーチ」の強化の文脈が非常に強いと感じます。「子ども」を入り口にしながら、世帯全体への包括的支援にどう繋げるのか。   また、自立相談支援事業では、新たに設置される「支援会議」によって、「支援調整会議」の前段階に、「本人の同意がなくとも」生活困窮者に関する情報を関係機関で共有できるようになったことも、大きな変化です。個人的にはサポステ、子・若、要対協等、子ども・若者分野だけでも複数設置されている会議と、有機的に横断できると良いなぁと思っています。   ・・・こういった現場にダイレクトに響く変化も、しっかりと受け止めねばなりませんが、特に噛み締めたいと思うのは、この条文です。   第2条「生活困窮者に対する自立の支援は、生活困窮者の尊厳の保持を図りつつ、生活困窮者の就労の状況、心身の状況、地域社会からの孤立の状況その他の状況に応じて、包括的かつ早期に行わなければならない。」   これまでの旧法では、条文上には生活困窮者の定義として「経済的困窮(=ハウスレス)」しか書かれていませんでした。しかし、今回の改正で「社会的孤立(=ホームレス)」に言及がされたことは、非常に大きいと思っています。収入要件等で整理しやすい経済的困窮と比べて、定義しづらい社会的孤立に踏み込んでいること、ここに現場で「顔の見える支援」を続けてこられた先輩方の熱い思いを感じます。   現場の運用レベルで「この人は社会的孤立している」「この人は社会的孤立していない」といった、選別的議論が起きる可能性も否めませんが、いわゆる「地域共生社会」の実現とこの文脈を捉えた時に、「何のための、法なのか」を改めて問いただす現場でありたいと強く思います。   「地域共生社会って言っても、正直ピンと来ない。それが、52歳の山田さんがいて、また一方で78歳で障がいを抱えておられる花子さんがいて、そして自分がいて、どうやって共生するのか。それやったら考えられるし、でも、それは決して綺麗な画ではない。そのための一歩を、我々が覚悟して、みんなで踏み出せるかが問われている」とおっしゃっていたあるお方の言葉を胸に、明日も現場、頑張ろうと思います。
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家庭教育。 (Fri, 02 Nov 2018)
f:id:you0301stedic:20181102004942j:plain 今日は朝一でケース進捗会議に参加。子ども・若者総合相談センター、指定支援機関としての伴走支援で、新規・継続相談になっているケースの状況確認とネクストステップの確認。週1のルーティンで、主任相談員全員でケース全体を共有します。   午後は仙台に移動して、宮城県教育委員会主催の「子育て・家庭教育支援フォーラム」にパネリストとして登壇しました。会場にはあの人も、この人も。宮城県内の子育てサポーター(家庭教育支援チーム)の皆さんが主な参加者ということもあって、ステージ以上にフロアの熱量がムンムンでした。 再び石巻に戻る車内で、ユースソーシャルワークみやぎの連続講座・シンポジウムの電話打合せ。バタバタでしたが、ようやく骨子も固まって、今年度もリリース出来ます。昨年度、参加者の皆さんにも、ぜひ参加してもらえたらと思ってます。 夜はトワイライトに参加。1日遅れのハロウィンということで、学生が準備を頑張ってました。帰りの送迎で、ある子どもが嬉しそうにゲットしたお菓子を見つめてたのが印象的でした(家に着くなり、すぐにお母さんに自慢。良かったね。)。この日は、しばらく就活やらで活動から遠ざかっていた4年生もサプライズゲストとして参加。あんまサプライズになってなかったけど、それも良し。   「子育て・家庭教育支援」がテーマのフォーラムだったので、「子ども・若者」の後ろに見える保護者、家族をどう支えるのかという視点であれこれと。最近、ヒアリングで伺ったある学校で、印象的だった話を聞いたので、それを反芻しながら。   (あくまで感覚としての前置きをしつつ)「昔は、保護者同士で子育ての相談をしたり、お互いに励ましあったり、褒めあったり、ときには注意しあったりしていた。保護者同士じゃなくても、地域の中で、そういう繋がりがあって、その中で色んなことが解消したり、解決したりしてきた。それでも解決できないことや、やはり学校に伝えた方がいいんじゃないかということだけが、昔は学校に届いていたように思う。」   「それが、最近はそういう保護者同士の繋がりや地域の繋がりが機能せずに、学校と保護者が1:1の関係で直接、家庭の数だけ繋がっている。全部、学校に相談やご意見が飛んでくる。学校とAさん、学校とBさん・・・というような形で。保護者同士の繋がりや地域との繋がりというネットがなくなり、いきなり学校というネットに全部が落ちてくるような印象。これからもっとこうなっていくとなると、大変だなぁと思う。」   そんなことを頭に巡らせながら、お話した要旨が以下の通りです。   ・子どもたちの状況、家庭の状況に触れていると、「なんで、この子がこんな状況に置かれないといけないのか」「誰も、気づくことができなかったのか」と「怒り」や「憤り」に苛まれることは、正直たくさんある。   ・でも、その「怒り」や「憤り」をそのままぶつけても何も変わらず、「あるべき論」は、時として暴力的なエネルギーになってしまう。   ・お互いがお互いにできないこと、人としていることを認め合った上で、一緒に、相互に「何ができるんだろう」と考える姿勢が、求められるんじゃないか。   仕組みや制度のあるべき論も大切ですが、人としてどうあるのかを考えることも大切だなぁと思う今日この頃です。(雲を掴むような話になってしまい、失礼しました)
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バトンパス。 (Thu, 01 Nov 2018)
f:id:you0301stedic:20181101014743j:plain f:id:you0301stedic:20181101014800j:plain 今日は午後から学校へヒアリング調査に。石巻市から受託している「子どもの生活実態調査」も佳境を迎え、圏域の小・中・高校にご協力いただき、学校から見える子どもたちの実態について、お話を伺ってきました。   今日は2校伺いましたが「こんな現実があるのか」と痛感させられるケースの数々。未成年、それも10代での早期妊娠出産や、生活苦による万引き、犯罪に巻き込まれる子ども、親の暴力の中で駆け引きをし合う兄弟、保護者の搾取に怯える子ども・・。具体のケースをご紹介することはもちろん出来ませんが、キーワードだけでも胸が苦しくなります。「こんな状況で、よく生きてこれたね」「学校に来れていることが、本当に奇跡」という、先生の言葉が印象的。こんな理不尽な状況に置かれる子どもたちの現実に直面すると、改めて「もっと頑張らなきゃ」と使命感に駆られます。   夕方から夜は内部の常務会、職員とのミーティング。先日の理事会でもガバナンスや、内部の人材育成に関する多々のご指摘をいただき、内部で検討。石巻で、一緒に支援に取り組む仲間を、熱烈に募集しています。(興味のある方は、ご連絡を!)誰かいないかな、壁をぶっ壊して「子ども」「若者」のために、走り回る支援者、募集です。   先日、2015年11月から運営を続けてきた「ていざん子ども食堂」を正式に、地域の皆さんに引き継ぎました。色んな条件が重なる中で、課題山積で引き継ぐことでご迷惑をおかけしたところも多々ありながら、この3年間でご一緒させてもらったこと、全てが宝物だと思っています。   立ち上げ当初から、「地域の子どもたちは、地域で育てる」という住民さんの強い思いに感化され、色んなトラブルに見舞われながらも、学校・地域・NPOの共同実践として、必死に取り組んできました。これだけ沢山の住民さんたちが関わり、また学校もチラシ印刷や広報など、全面パックアップしてくれる子ども食堂は、全国を探してもなかなか見つからないのではと思います。   「『子ども食堂』はこうあるべきだ!」という議論に答えはありませんが、ていざん子ども食堂が「地域住民と、子どもたちの、縁の結び直し、編み直し」の機能になっていることは間違いありません。これまでなら「顔」は知っているけれど、声をかけてはいけない他人同士だった住民さんと子どもたちが、食堂を通じて「知り合い」になる。   そんな「知り合い」が地域にたくさん増えることで、現に「ひとりぼっちで夜を過ごす」男の子を、住民さんが自主的に預かる「夜間保育」のような動きも生まれました。困っている地域の子どもを放っておけず、「なんとかしなきゃ」と思った、あるおばちゃんの起こした行動でした。   「あの子と一緒に過ごせたことは、私にとっての財産で、子ども食堂のおかげです」   と語るおばちゃんの表情はすごく柔らかくて、キラキラしていました。こんなにも、「他人」である地域の子どものことを思えること、本当に素敵だなと思います。   「ていざん子ども食堂」と私たちの関わりはこれからも続きます。現に子ども食堂に参加している子どものSOSが繋がり、SSWer等との連携のもと、個別伴走支援を開始しました。地域の温かい眼差しの中で、一人でも多くの子どもたちが育まれる。そのプロセスで聞こえてくるSOSを住民さんが受け止め、支援チームである私たちが介入する。そんな顔の見える連携が、これからもずっと続いていきますように。
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柔道。 (Wed, 31 Oct 2018)
「最近、全然ブログ更新してないですね。お忙しいですよね・・。」   とあるチューターの学生に言われてしまい、「ヤバイ!」と思いながら更新。更新が滞っていたら、優しく「あれ、最近どうしたの?」とプレッシャーをおかけください。   先週末に新体制の理事会が終わり、長期にわたりご支援頂いている財団様の中間監査も終了し、ほっと一息つきながら、web更新とブログ更新に勤しんでおりました。(より優先すべきタスクはあるが、ややの現実逃避)   お仕事の合間に、最近は週1回のペースで仙台市武道館に通い、柔道の稽古。完全に9月の世界選手権に感化され、いつ引退したかも定かでない競技生活を復帰。ひとまず、来年3月に30歳を迎えるのを機に、5月の全日本マスターズ(今はベテランズ)大会のエントリーを目指します。目標の階級に合わせて、体重を落とさねばです。   祖父の道場で3歳から始めた柔道、中学校で挫折し一度離れた後、やはり諦められず大学時代に復帰、ゆるゆると大学院時代まで続けて中断、実に6年ぶりの復帰です。どんなことがあっても、自分が立ち返ることができる原点のようなものだなと感じます。   「精力善用」「自他共栄」の嘉納治五郎師範の教えは、今になって生きる上での「道」そのもので、まだまだ未熟者ですが、真理・本質なんだなと思う場面が最近は、多いです。仕事と並行しつつ、稽古に励みたいと思います。以上、仕事外の近況報告でした。
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