平成30年度チューター卒業式、終了しました。
参加できなかった卒業生も大勢いますが、5名の卒業生の門出を在校生、役職員でお祝いすることができました。
1. 開式の言葉
2. 卒業証書・記念品授与
3. 代表の挨拶
4. 在校生の言葉
5. 卒業生の言葉
6. 閉式の言葉
毎年、在校生と職員で準備をし、開催している卒業式。
在校生にとっては、これからの活動を担っていく覚悟を卒業生に伝える日。
卒業生にとっては、活動の価値を、姿勢を、在校生に伝え、残していく日。
職員にとっては、この1年間、社会に担い手である学生に、法人がどんな価値をもって寄与できたのかを確認する日。
現場の最前線に立ち続けるチューターのみんなは本当に尊い。
子どもたちを一方的に支えるでもなく、その逆でもなく、一緒に支え・支えられながら、成長できたことが、誇らしいと話してくれた卒業生。
子どもと向き合うこと、チューターや職員と向き合うこと、何より自分と向き合うことが大切だと伝えてくれた卒業生。
「卒業証書 右の者は当法人での活動を終え、社会人として新たな一歩を踏み出すことをここに証します。 しかし、TEDICに卒業はありません。活動を離れても、皆さんがこれから出会うすべての人たちと向き合い、そして自分と向き合い続ける限り、現場は続きます。
新たな場所で、TEDICの体現者として、あなたの周りにいる人たちと、嬉しさも、しんどさも、喜びも、悲しみも、一緒に分かち合い、生きていってください。 卒業おめでとう。これからもよろしく。 」
終了後は会場を事務所に移して、卒業パーティーを開催。OBOGも合流。
毎年、パーティー内で年間表彰式を実施しています。新人王、Mr.TEDIC、Ms.TEDICというネーミングセンスが感じられない3つの賞を表彰しています。投票はその1年間に活動に参加した全てのチューター。
チューターに優劣をつけるために表彰をしているわけではなくて、投票行為を通じて、「TEDICが大切にしている価値を体現してきた(と思う)人が誰なのか?」を考えたり、言語化しづらい法人の文化や価値、思いに立ち返ることが目的。
そんな投票の結果、第6回年間表彰式では、新しい新人王、Mr.&Ms.TEDICが誕生。
新人王:澤山 萌子(もっしー)
Ms.TEDIC:佐々木 優来(ゆう)
Mr.TEDIC:杉本 稜弥(すぎもっちゃん)
「平成30年度の「Mr.TEDIC」であることをここに証します。あなたの背中に憧れ、あなたの歩む一歩一歩を追いかける、そんな仲間たちがたくさんいます。これからもTEDICの体現者として、歩み続けて下さい。」
現場に終わりはありません。これからも一緒に、社会で活動していきましょう。
卒業生のみんな、本当におめでとう。在校生のみんな、おつかれさま。
そして、業務の傍ら準備に走り回ったおつけん、ちば、本当にお疲れさまでした。
NPO法人になって1年目、当然(?)事務がズタズタだったうちの法人で、せっせせっせと、基盤を整えてくださったのがまっさんでした。(その後、さらに活動が大きくなり、去年は基盤強化のピークでした・・・。)
当時、まっさんとは本当によく喧嘩をして、特に終盤戦はヒートアップして、クールダウンに事務所飛び出すようなこともありました。笑
20代そこそこの若造があぁだこぅだ言うのに耳を傾けてくれて、「違うものは違う」とはっきり言ってもらえたのは、すごく有り難かったことなんだなぁと。ちょっとずつ思うように。(あのときは、「なんで、わかんねぇんだよ!」って拗ねてましたが。笑)
特にあの頃は、駆け出しで5年くらい突っ走って、「石巻出身の若者」っていうことで、色んな期待も、追い風も沢山吹いていて、それに乗っかっていたのに、ちょっと調子にのっていたというか、天狗になっていたというか。そんな頃でした。
(「いまもじゃん」というツッコミは、こそっと直接お伝えください・・。)
右腕期間満了後も、なんども足を運んでくださり、今回は「ご寄付」も一緒に届けてくれました。この2月からは新たなフィールドでもご活躍されるそうで、これからもお元気に、末長くがんばってほしいです。
この週末は熊本県で開催された「第5回生活困窮者自立支援全国研究交流大会」に参加。「子どもの学習・生活支援」分科会でパネラーの1人として、「総合相談センター」「生活困窮世帯の子どもの学習支援業務」と、複数の制度や事業を横断的に現場で繋げて、他機関協働で実践する仕組みについてお話してきました。
・学習・生活支援事業は、単なる学力向上の取り組みではなく、子どもが抱える困難に伴走し、共に解決を目指す「子ども版自立相談支援」と位置付け、多機関・多職種連携の上、体制をつくっていきたい。
・生活困窮者の実態は多様であり、単純に要保護・準要保護・児童扶養手当受給といった、経済的要件(収入要件)で切り取れるものではない。”生活困窮”を社会的孤立の視点からも捉え、弾力的に「現に生活に困窮する”子ども”」を支える運用を考えていきたい。
・「利用申込」があってから事業開始ではなく、「利用申込」をどのように届けるのかを考えるところから。子どもの権利の視点から、契約行為(事業利用申請)を自らすることが出来ない子どもの立場に寄り添う、繋がり方のデザインにこだわっていきたい。
・地域包括ケアシステムと生活困窮者自立支援法は、切り離されて議論されるものではなく、より一体のものとして、自治体でのあるべき形を考えたい。既存の多職種の支援者が縦割りではなく、分野横断的にチームを組めないか。あるいは個人が役割を負う支援者のあり方から、組織が役割を負う形に転換出来ないか。
・「消火」と「防火」の視点から、生活困窮者自立支援法を用いることで、地域に暮らす一人一人が、地域の中の困りごとに目を向け、相互扶助を営むことができる、地域づくりを推進していきたい。
この大会には第1回の兵庫県開催のときにも、同じ分科会でパネラーをさせてもらっていて、それ以来4年ぶりの登壇。登壇後に、「実は4年前の第1回大会でお話聞いていて、それから4年経って頑張ってらっしゃって、母親のような気持ちで聞いていました」と、ある自治体職員の方からお声がけ頂きました。ありがたし。
全国から各フィールド(自治体、NPO、社協、議員、企業・・)のスペシャリストが集結する中で「プロフェッショナル」なみなさんとの懇親会にもお邪魔させていただき、本当に恐縮でした。
今回の改正・生活困窮者支援自立支援法、学習支援事業では「子どもの学習支援」が「子どもの学習・生活支援」となったことによって、各論的に「食事提供が出来るようになる!」や「子ども食堂的な取り組みも対象になるのでは?」といった議論もあるかと思います。小学生以下の子どもへの支援への加算も見ながら「アウトリーチ」の強化の文脈が非常に強いと感じます。「子ども」を入り口にしながら、世帯全体への包括的支援にどう繋げるのか。
また、自立相談支援事業では、新たに設置される「支援会議」によって、「支援調整会議」の前段階に、「本人の同意がなくとも」生活困窮者に関する情報を関係機関で共有できるようになったことも、大きな変化です。個人的にはサポステ、子・若、要対協等、子ども・若者分野だけでも複数設置されている会議と、有機的に横断できると良いなぁと思っています。
・・・こういった現場にダイレクトに響く変化も、しっかりと受け止めねばなりませんが、特に噛み締めたいと思うのは、この条文です。
第2条「生活困窮者に対する自立の支援は、生活困窮者の尊厳の保持を図りつつ、生活困窮者の就労の状況、心身の状況、地域社会からの孤立の状況その他の状況に応じて、包括的かつ早期に行わなければならない。」
これまでの旧法では、条文上には生活困窮者の定義として「経済的困窮(=ハウスレス)」しか書かれていませんでした。しかし、今回の改正で「社会的孤立(=ホームレス)」に言及がされたことは、非常に大きいと思っています。収入要件等で整理しやすい経済的困窮と比べて、定義しづらい社会的孤立に踏み込んでいること、ここに現場で「顔の見える支援」を続けてこられた先輩方の熱い思いを感じます。
現場の運用レベルで「この人は社会的孤立している」「この人は社会的孤立していない」といった、選別的議論が起きる可能性も否めませんが、いわゆる「地域共生社会」の実現とこの文脈を捉えた時に、「何のための、法なのか」を改めて問いただす現場でありたいと強く思います。
「地域共生社会って言っても、正直ピンと来ない。それが、52歳の山田さんがいて、また一方で78歳で障がいを抱えておられる花子さんがいて、そして自分がいて、どうやって共生するのか。それやったら考えられるし、でも、それは決して綺麗な画ではない。そのための一歩を、我々が覚悟して、みんなで踏み出せるかが問われている」とおっしゃっていたあるお方の言葉を胸に、明日も現場、頑張ろうと思います。
今日は朝一でケース進捗会議に参加。子ども・若者総合相談センター、指定支援機関としての伴走支援で、新規・継続相談になっているケースの状況確認とネクストステップの確認。週1のルーティンで、主任相談員全員でケース全体を共有します。
午後は仙台に移動して、宮城県教育委員会主催の「子育て・家庭教育支援フォーラム」にパネリストとして登壇しました。会場にはあの人も、この人も。宮城県内の子育てサポーター(家庭教育支援チーム)の皆さんが主な参加者ということもあって、ステージ以上にフロアの熱量がムンムンでした。
再び石巻に戻る車内で、ユースソーシャルワークみやぎの連続講座・シンポジウムの電話打合せ。バタバタでしたが、ようやく骨子も固まって、今年度もリリース出来ます。昨年度、参加者の皆さんにも、ぜひ参加してもらえたらと思ってます。
夜はトワイライトに参加。1日遅れのハロウィンということで、学生が準備を頑張ってました。帰りの送迎で、ある子どもが嬉しそうにゲットしたお菓子を見つめてたのが印象的でした(家に着くなり、すぐにお母さんに自慢。良かったね。)。この日は、しばらく就活やらで活動から遠ざかっていた4年生もサプライズゲストとして参加。あんまサプライズになってなかったけど、それも良し。
「子育て・家庭教育支援」がテーマのフォーラムだったので、「子ども・若者」の後ろに見える保護者、家族をどう支えるのかという視点であれこれと。最近、ヒアリングで伺ったある学校で、印象的だった話を聞いたので、それを反芻しながら。
(あくまで感覚としての前置きをしつつ)「昔は、保護者同士で子育ての相談をしたり、お互いに励ましあったり、褒めあったり、ときには注意しあったりしていた。保護者同士じゃなくても、地域の中で、そういう繋がりがあって、その中で色んなことが解消したり、解決したりしてきた。それでも解決できないことや、やはり学校に伝えた方がいいんじゃないかということだけが、昔は学校に届いていたように思う。」
「それが、最近はそういう保護者同士の繋がりや地域の繋がりが機能せずに、学校と保護者が1:1の関係で直接、家庭の数だけ繋がっている。全部、学校に相談やご意見が飛んでくる。学校とAさん、学校とBさん・・・というような形で。保護者同士の繋がりや地域との繋がりというネットがなくなり、いきなり学校というネットに全部が落ちてくるような印象。これからもっとこうなっていくとなると、大変だなぁと思う。」
そんなことを頭に巡らせながら、お話した要旨が以下の通りです。
・子どもたちの状況、家庭の状況に触れていると、「なんで、この子がこんな状況に置かれないといけないのか」「誰も、気づくことができなかったのか」と「怒り」や「憤り」に苛まれることは、正直たくさんある。
・でも、その「怒り」や「憤り」をそのままぶつけても何も変わらず、「あるべき論」は、時として暴力的なエネルギーになってしまう。
・お互いがお互いにできないこと、人としていることを認め合った上で、一緒に、相互に「何ができるんだろう」と考える姿勢が、求められるんじゃないか。
仕組みや制度のあるべき論も大切ですが、人としてどうあるのかを考えることも大切だなぁと思う今日この頃です。(雲を掴むような話になってしまい、失礼しました)
今日は午後から学校へヒアリング調査に。石巻市から受託している「子どもの生活実態調査」も佳境を迎え、圏域の小・中・高校にご協力いただき、学校から見える子どもたちの実態について、お話を伺ってきました。
今日は2校伺いましたが「こんな現実があるのか」と痛感させられるケースの数々。未成年、それも10代での早期妊娠出産や、生活苦による万引き、犯罪に巻き込まれる子ども、親の暴力の中で駆け引きをし合う兄弟、保護者の搾取に怯える子ども・・。具体のケースをご紹介することはもちろん出来ませんが、キーワードだけでも胸が苦しくなります。「こんな状況で、よく生きてこれたね」「学校に来れていることが、本当に奇跡」という、先生の言葉が印象的。こんな理不尽な状況に置かれる子どもたちの現実に直面すると、改めて「もっと頑張らなきゃ」と使命感に駆られます。
夕方から夜は内部の常務会、職員とのミーティング。先日の理事会でもガバナンスや、内部の人材育成に関する多々のご指摘をいただき、内部で検討。石巻で、一緒に支援に取り組む仲間を、熱烈に募集しています。(興味のある方は、ご連絡を!)誰かいないかな、壁をぶっ壊して「子ども」「若者」のために、走り回る支援者、募集です。
先日、2015年11月から運営を続けてきた「ていざん子ども食堂」を正式に、地域の皆さんに引き継ぎました。色んな条件が重なる中で、課題山積で引き継ぐことでご迷惑をおかけしたところも多々ありながら、この3年間でご一緒させてもらったこと、全てが宝物だと思っています。
立ち上げ当初から、「地域の子どもたちは、地域で育てる」という住民さんの強い思いに感化され、色んなトラブルに見舞われながらも、学校・地域・NPOの共同実践として、必死に取り組んできました。これだけ沢山の住民さんたちが関わり、また学校もチラシ印刷や広報など、全面パックアップしてくれる子ども食堂は、全国を探してもなかなか見つからないのではと思います。
「『子ども食堂』はこうあるべきだ!」という議論に答えはありませんが、ていざん子ども食堂が「地域住民と、子どもたちの、縁の結び直し、編み直し」の機能になっていることは間違いありません。これまでなら「顔」は知っているけれど、声をかけてはいけない他人同士だった住民さんと子どもたちが、食堂を通じて「知り合い」になる。
そんな「知り合い」が地域にたくさん増えることで、現に「ひとりぼっちで夜を過ごす」男の子を、住民さんが自主的に預かる「夜間保育」のような動きも生まれました。困っている地域の子どもを放っておけず、「なんとかしなきゃ」と思った、あるおばちゃんの起こした行動でした。
「あの子と一緒に過ごせたことは、私にとっての財産で、子ども食堂のおかげです」
と語るおばちゃんの表情はすごく柔らかくて、キラキラしていました。こんなにも、「他人」である地域の子どものことを思えること、本当に素敵だなと思います。
「ていざん子ども食堂」と私たちの関わりはこれからも続きます。現に子ども食堂に参加している子どものSOSが繋がり、SSWer等との連携のもと、個別伴走支援を開始しました。地域の温かい眼差しの中で、一人でも多くの子どもたちが育まれる。そのプロセスで聞こえてくるSOSを住民さんが受け止め、支援チームである私たちが介入する。そんな顔の見える連携が、これからもずっと続いていきますように。
